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デザイナーの仕事と芸術家との違いとは

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デザイナーの仕事とは?

デザイナーの仕事と聞いて思い浮かべることはなんだろうか。
イラストレーション? チラシの作成? ロゴの制作?
このどれもがデザイナーの仕事であると言えるが、その根本にあるのはデザインと言う名の問題解決の方法にある。

オシャレなブランドのデザイン

とてもセンスの良いオシャレなブランドがあったとしよう。(以下ブランド名『OSHARE』)
世界に通用するアパレルブランド『OSHARE』のモットーは「人類のセンスを底上げする」ファッションの提供である。
そんなOSHAREが自社専属のデザイナーAくんに宣伝用のチラシの制作を依頼した。
デザインに疎いディレクターが持ってきたチラシ案を見てデザイナーAくんは驚愕。
まるで激安スーパーの特売チラシのようなデザイン案を送ってきたのである。
これを見たAくんは世界に通用するアパレルブランドのイメージにあるまじきダサさなのでマズイと思い、問題提起を行うことにした。
いくらデザインに疎い上司でもその問題点に気づき、AくんにOSHAREのイメージにふさわしいチラシを作るよう指示を出した。
そしてAくんは世界に通用するようなオシャレなチラシをデザインし、自身が作成したチラシがなぜオシャレに見えるのかを具体的に説明した。
こうしてOSHAREが特売チラシのようなダサいチラシを出さず、ブランドのイメージダウンを避けることができたのであった。

問題提起と問題解決

上記が稚拙な例え話で申し訳ない。
しかし、実際デザイン的に何がマズイのかを理解できない人は確かに存在する。
そこでデザイナーはデザインに関する豊富な知識から得られる審美眼を持ってクライアントに対して問題提起を行う必要がある。
的確な問題提起を行い「会社のイメージを損ないますよ」と言われれば黙って見過ごすことはしないだろう。
そしてデザイナーはどこがダメで、何がイイのかをある程度論理的に説明できなくてはいけない。
それができてやっと自分が行った問題解決をクライアントに納得させることができるのだから。

それ、本当にデザイナーって言えるの?

上からの指示に従い、いわば設計図通りにモノを作ったり、ワイヤーフレームに従ってウェブサイトを制作する。
これらのことをやっているだけで本当にデザイナーと言えるのだろうか。
これではパン工場のライン工と対して変わらないのでは、と思えてしまうのだ。
ただこういった作業も熟練の技術みたいなものは存在していて、とにかく仕事が早かったり丁寧だったりする『職人』みたいな人が結構いる。
でもそういった人々はデザイナーではなく、デザインを行うツールを巧みに操ることができるクラフトマンみたいなものだと私は捉えている。
デザイナーとはやはり、問題の提起から解決までをデザインの力を駆使し行う者のことを指していると思うからだ。

どんな企業でも本物のデザイナーを欲しがっている

ただIllustratorやPhotoshopの使い方を知っているだけの人をデザイナーとして雇いたいと私は思わない。
現在の日本にはまだまだデザイン部門を置いていない会社がかなり存在しているだろうし、デザインのアウトソーシングには限界があると思うからだ。
会社に身を置き、その理念を理解しているデザイナーがいてくれたらどれだけ楽だろうか。
これからデザイナーとして生きていきたいと思っている人に言えることはただ一つ。
『問題提起と問題解決を論理的に説明できる本物のデザイナーであれ』

デザイナーと芸術家の違い

アートとデザインの違いについてしっかり考えておくとデザイナーは論理的な問題提起と解決の説明に役立つ。
よく言われるのはアートは自己表現であり、デザインとは結果を得るためのプロセスであるということだ。
アートに含まれる問題提起や問題解決と言うのは自己に対してであったり社会に対してであるため、それが齎す結果に拘らないのである。
対してデザインとは最良の結果を得るためのプロセスであり、それが齎す結果こそ全てだと言える。
なのでデザイナーは自身のデザインと言うプロセスに関して理屈では説明ができないなどとは絶対に言ってはいけないのだ。
時に色彩や配置、タイポグラフィやユーザーエクスペリエンスなど、あくまでも問題を解決できるだけの理屈を用意しなければデザインとは言えないのである。
アートとは時に理解しがたいモノまで含まれる、しかしデザイナーは理解しがたい要素はできるだけ排除しなくてはいけない。
しかしデザイナーはアートをデザインに落とし込むことができる場面もある。
逆もまた然りだ。

デザインとアートの境界は曖昧に

これからの時代、デザインとアートの境界は薄れていくように思う。
アートがもっと身近な存在となり、人々に届くデザインがアートな概念を内包するようになったら。
この世界の感受性はまた一つ、底上げされるのだろう。

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